体験してみた!!放射線後遺症の湿潤療法

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 08年夏。5年無再発無転移生存を約半年後に控えて、治療後の乳房に起きた突然のできごと。たかがかゆみと侮るなかれ、痛いの腫れたのと思う間に、気がつけば、きれいに温存されたはずの胸に無惨な穴が…それはがんを切り出した皮下組織まで貫通してしまったのです。治らないまま数ヶ月、業を煮やして調べたあげく、たどりついたのが、カラダに備わる自己治癒力を生かして傷を治していく「湿潤療法」でした。

このページは治癒までのプロセスを、患者の目で追っていく体験記です。気持ちの悪い写真も多いので、注意してくださいね。

(エクスプローラ7.0のブラウザでご覧いただきますと、このページで使っているフォントの映りがかなり悪くなります。6.0ならキレイで読みやすいのですが…7.0は横文字こそきれいになりましたが、日本語専用のフォントのことを考えていないようです。いずれフォントは対処したいと思います)

 

<おことわり>

 ここで私は湿潤療法にたどりつくまでに受けた治療 ― 乳がんそのものの治療も含めて ― を施行してくださった医療者個々人を批難するのでは決してありません。私が出会ってきた、そして今もお世話になっている医師の方々は、そのときどきに、最善を尽くして向き合ってくださいましたし、向き合ってくださったと信じてもいます。

 むしろ私が、放射線後遺症を発症してもっとも悔やんだのは、自分が抱いた疑問をうやむやにせず、もっと先生方を信じて食い下がり納得できるまで訊けばよかった、ということでした。振り返れば、「あのときちゃんと話し合って納得して決めた」と思えることについては、一切こだわりがないのです。「もしかしたら?」と今考えてしまうのはすべて、当時も「?」を抱いていて解消できずに過ぎてしまった事柄なのです。

 私のように5年近く経って後遺症を発症するひとは、あまり多くないようです。何が原因となってこうなってしまった(後に載せる写真参照)のか、どういう病態の傷なのか、理解するには時間がかかりました。情報がとても少なかったし、最初は調べる手がかりさえわからなかったからです。

 がん治療はどうしても「がん」にばかり集中し、「がん」さえ出なければ後は大したことはない、と思いがちですし思われがちです。それが、最先端治療ではなく、もっとも平均的な医療現場の実態という意味での「がん治療最前線」なのだと思います。でも、がん治療にはもはや存在しないがんの代りに、たくさんのことがつきまといます。吐き気、脱毛、浮腫、戻ることのないかもしれない生理停止に不妊。鬱病…ガン!と爆裂しない(かもしれない、だろう、と思いたい)不発弾を抱え治療の痕跡を刻んで生きていくのも、やっぱり山あり谷ありです。もう絶対に「もと通り」のカラダではないんだもの。そこにもう少し視野を広げてもらえたら…私はそう願うのです。

 

<私の乳がんについて>

まず、私の乳がんについてお話ししておきましょう。というのも、開いてしまった穴は、乳がんの乳房温存療法に絶対に欠かせない「放射線治療」の後遺症だからです。

 

病期(ステージ)・・・U期A (腫瘍2センチ、腋窩リンパ節転移1コ、遠隔転移なし)

ハーセプスコア ・・・+3 (エストロゲン、プロゲステロンいずれの受容体もあり)

 

手術方法    ・・・乳房温存乳房部分切除術、リンパ節郭清(レベル1まで)

術後治療    ・・・1)放射線治療 1日2Gr×週5日×5週間=50Gr

                  +追加照射(ブースト)12Gr×5日=計60Gr

           2)ホルモン治療 ノルバデックス(タモキシフェン)3年半服用

                   &リュープリン(LH-RHアナログ)半年間注射

            標準は前者5年+後者2年。副作用で鬱病になったので途中停止。この鬱病は、今生きているのがふしぎなくらい辛かった。そしてまた、やめたら精神科の主治医が驚いたほど劇的に回復した。

 

放射線治療を受けている最中〜1年後くらいまでに起きる「初期障害」はよく知られていますが、数年を経て皮膚が破れたり潰瘍を起こしたりする「晩期障害」の情報は、あまり多くありません。「初期障害」は、照射を受けている間に起こり始める皮膚の変色や硬化、水泡の発現、ただれなどです。ステロイド軟膏などが処方されるはずです。また施術後数ヶ月して咳が出たりすることもあるようで、いわば肺が日焼けしたようなものだそうですが、これらはおおむね日にち薬で月日とともに自然と治ってゆくものといわれます。

「晩期障害」は術後数年を経て現れるものです。皮膚炎、皮膚潰瘍、極度に悪化すると皮膚がんになる人もあるとか。この障害が起きる人の割合は5%程度だといいます。それでも乳がんの場合、出るなら2〜3年内には出るものらしいのですが、私は5年目を目前にして「出た〜!」。もう「副作用」ではなく「後遺症」だと言われました。

気になっていることのひとつが、追加照射(ブースト)です。この照射は特に40代より前に罹患した患者に対しては標準となっているようですが、数年を経て皮膚が硬化します。こうなると元に戻りません。追加しなければ、まず創部が硬くなることはないそうです。

 

私個人のことを書きますと、術後3年くらいから、腫瘍をくりぬいた部分の皮膚が、見た目にわかるほどごりっと盛り上がったまま硬くなり、赤黒く変色し始めました。当初、くりぬいた中に溜まっているのは水だと聞いていましたが、この頃から「脂肪やリンパなどの老廃物」という説明を受けています(主治医が変わった)。恐らくはブーストの影響か…と考えています。外科にも放射線科にも、もっと訊けばよかったなあ…自分が犯したポカ、スカの、因果は必ずめぐります…それは、4年半後の夏にきた。

 

<私の胸の上で何が起きていたか>

以下、できるかぎり事実だけを書くようにします。愛想がないかもしれませんが、ご寛恕。え〜びで〜んす、らしく読んでいただくため。感想は「」で付け加えます。また、撮影には携帯のカメラ機能を使いました。記録写真として望ましくないのはわかっていますが、胸の上にある傷を自分で撮ろうとすると、デジカメではうまくいかないのです。

 

20088月    左乳房に強いかゆみを覚える。放射線を浴びた肌で汗もかかない産毛も少ないという状態なので、肌荒れ或いはかぶれと自己診断。オロナイン軟膏を投入。

 

同 年 9月    かゆみはひりついて刺すような痛みを伴うようになる。乳房全体の皮膚が、ときに真っ赤になる。触れると熱を帯びて掌に熱く感じるようになる。

 

同 年10月初頭  真っ赤に腫れわたった左乳房の痛痒感が極に達する。かつて処方された残りのステロイドを投入。痛痒感が引いたので効いたように思われたが、真っ赤な広がりの中央に、直径1ミリ程度の黄色いかさぶた状の点が浮く。位置は腫瘍摘出後の硬化したかたまりの上。

ここに至って受診を決意。現主治医(外科)、一瞥するや

「ああ、破れちゃったな」

かたまりのなかに溜まった老廃物が炎症を起こして肌を破り、出てきてしまったとの診断。

黄色い点からハサミを挿入して点を広げ、老廃物を搾り出す。残しても炎症の原因となるのみ、とのこと。この時点では、切られて穴状になった小さい裂け目のみ。

傷の処置 ゲーベンクリーム+ガーゼ ← 防水シールで密封

その後…

同年1018

黄色い点にハサミを刺してナカミを搾り出してから2週間程度の状態。

処置 ゲーベンクリーム+ガーゼ ← 防水シールで密封、で続行。

-_-)「穴の内部が潰瘍化し始め、周囲が壊死し始めたのではないかと、振り返って見直すのは、素人の浅知恵か…」

 

 

12月初旬、ついに皮膚科に回される。皮膚科の指示は

●歯ブラシで創面を擦り落とすこと

(出血させて皮膚再生を促進するため)

●湯船入浴厳禁。シャワーで創面を洗い流すこと

◎断りもなく傷の写真を撮影される 使用目的不明

処置 オルセノン軟膏+ガーゼ ← テープで留める

同年123

以上の処置を指示通り続けて1月末の状態。周囲にある茶色の斑点は、一縷の望みをかけて試した中国医学の灸の痕。灸の効果が一定度あったと思われる理由は、

●それまで潰瘍に覆われて見えなくなっていた、ハサミを入れた穴が現れてきた

●病理検査のためにメスで切り取った皮膚の傷あたりは、盛り上がって回復し始めた

上記2点にある。この灸の痕は、1週間もするときれいにはがれてなくなった。

-_-;)「この辺で、相当ゆううつに。3ヶ月以上通院して、なぜこの状態…?悪化しているように感じるのは気のせい?潰瘍も治らない、深く開いた穴のなかには、まだ老廃物が残っているのがわかる…このなかをどうするのか?炎症の原因となった老廃物を残したまま穴をふさぐのなら、炎症が再発する可能性があるのでは?だいたい、どうやってふさぐのか?などなど、疑問がつぎつぎに浮かび…」

 

同年1月2328

この間、ネット検索をかけて夏井睦『新しい創傷治療』に巡り合った。傷の治療を中心に読む。皮膚が破れた原因が、外からなのか中の炎症からなのか、という違いはあれ、傷の現状は褥瘡と同一構造ではないかと考える。湿潤療法に挑む価値がある、と判断。同サイトで紹介されている湿潤療法を実施している医師のリストを検索。

写真は、ハイドロコロイドのパップを購入、ためしに貼ってみた後の状態。この手の傷にハイドロコロイドが有効ではないとわかっていて試したのは、皮膚に自己治癒力があるのかどうか知りたかったため。パップが白く膨らむのを確認する。

o)「試してみたい…湿潤療法…私の肌はまだ回復力がある…!!」

 

同年129

R先生初診。即断、「放射線皮膚炎」。はじめて、原因を特定した病名診断が下される。

●穴の奥に残っている老廃物を放置して治癒はないこと

●皮膚潰瘍の周囲の壊死した皮膚を切除する必要があること

以上から、翌々日の手術決定。当面の処置として、穴の内部を可能な限り洗浄。創面を石鹸で洗い、傷からチューブを挿入して水で洗浄。同時に長い棒で内部を探り、老廃物の残存を確認。指示された手当ては

●湯船につかって傷を洗うようにすること(湯船に存在する雑菌よりも、穴の内部にたまった老廃物に繁殖する雑菌のほうがはるかに危険である)

●創面を泡立てた石鹸で丁寧に洗い、できれば綿棒で傷の中も洗うこと

処置 プロペト+オムツパッド ← テープで留める

 

《 素人の浅知恵による湿潤療法の基礎知識 》(文脈上必要なことだけね)

オムツパッドは湿潤療法の標準手当て用品。オムツを適宜必要な大きさに切り、ポリエチレン製のキッチンシンク用水切り袋で包んだもの。人体が自ら産出する治癒のための浸出液を保護して傷を乾燥させず、しかも余分な排出液は吸収するため、最適な被覆剤(傷を覆うもの)のひとつとされている。プロペトは、傷の乾燥を避ける補助的役割として用いられる、ワセリンの一種。

そもそも、湿潤療法とは、人体に存在する創傷への回復力を引き出すことを主眼とする。人体がつくりだす浸出液で創面(傷の表面)がうるおい、自浄作用、自己回復作用が働きやすくなる環境をつくり出して治癒させる。したがって基本原則は以下の通り。

●消毒しない ← 現在つかわれるイソジンなどの消毒液は、抗菌力が過剰に強いため、人体に備わる創傷への抵抗力まで阻害してしまう。のみならず、場合によっては傷をさらにいためつける。

●抗菌軟膏などを用いない ← ゲーベンやオルセノンなどの薬剤は、かえって皮膚をいためつけてしまう。

●傷をふつうの石鹸と水道水(怖ければ生理食塩水)で洗う ← 消毒としてはこれで十分。傷表面の雑菌を洗い落とし、かつ浸出液は阻害しない。

●ガーゼを用いない ← ただガーゼで覆っただけでは、ガーゼが浸出液を吸収してしまい、さらに繊維の隙間からうるおいが蒸発してしまう。しかも、乾燥した傷にはりついて、患者は痛い思いをする。

 これらの原則が守れるものであれば、傷に応じてさまざまな被覆剤が用いられる。発想としては、ハイドロコロイドのパップ(バンドエイドで発売している)も同じ。ただ、被覆剤も傷に応じて適性があるので、私が先にハイドロコロイドを試したやり方は邪道です。

 

同年131

手術日。写真は、手術が終了した後、翌日の入浴時に撮影。

●壊死した皮膚を切り取る。局部麻酔で電気メスとハサミを使用。

●切り取っては、中に溜まっていた老廃物を除去する。

●前回採取した老廃物には、ブドウ球菌がしこたま生息していた、この状態では治らない

以上、術中説明。

総計で3つのホチキスが出てくる。手術時に皮下組織を留めるために用いられたと考えられるが、老廃物のなかに浮いていて、もはや留め具として機能していないので、除去しても問題がないとのこと。

-_-;)「金属入ってるカラダとは知らなかったなあ…」

 

乳房中心部へ向けて、ポケットが空いているのがわかる。もともと私の温存手術は、傷を目立たせないために乳輪に沿って2センチほど弧を描いて切開し、皮下へ潜って腫瘍に達し、周囲の組織を含めて切り出してくるという手法だったので、詰まっている老廃物を除去した空洞が、乳房中心部へ向けて空くのは理の当然である。皮膚組織が生きているか、もうダメか、様子を見るために、R先生はポケットを切り残した。

●創面に泡立てた石鹸をつけてよく洗い、ポケットの中も細い綿棒でできる限り洗い、水気を取ること(そうしないとせっかく洗っても雑菌がたまりやすい)

という指示。焼き切って出血を止めるようにしてあるが、出血に備え、止血法を教わる。

処置 プロペト+吸血綿+オムツパッド+医療用の圧迫力の強いテープ

処方 ロキソニン(鎮痛剤)+セルベックス(胃腸薬)

左は、翌日のオムツパッド。一定の間隔を空けて並ぶ水切り穴から、オムツへ排出された血液その他がよく吸収されているのがわかる。創面は乾いておらず、傷にはりつきもしない。傷は入浴してもシャワーを当てても、石鹸で洗っても、まったく痛くない。これ以後、

処置 プロペト+オムツパッド ← 強いテープで押さえる

T-T)「ガーゼはがしたところに、湯船は雑菌の巣だからってことで、水も洩らさぬよう防水シート貼ってお風呂につかって、それからシャワーで洗えという指示に従うため今度はシートはがして洗って…上がったらまたガーゼ貼って…貼ってはがして、の二度手間三度手間を省いてお風呂に入れるなんて…ああ、しあわせ…」

 

同年26

ポケット部がはやく着くようにと用いられた張力の強いテープが、「ビシャリ!」とリンパ液が噴き出すほどの水ぶくれをつくり、はがすと同時にそれが破れて傷になる(左写真)。かゆくて丁寧にはがしたにもかかわらず、である。数ヶ月間、テープや絆創膏、防水シールを貼らされ続けた後なので、肌が傷んでいるものと推察される。もう一箇所同様に。赤いぷつぷつやボコボコも。

●「ごめんなさい、すみませんね、村井さん、痛いでしょう、ごめんなさいね」と、先生の謝罪

●自前で貼っておいたハイドロコロイドパップをはがし、『プラスモイスト』(ここで登場!夏井先生開発創傷被覆剤!)を貼り直し

T-T)「先生のせいじゃないのに…痛いでしょ、って、ごめんなさい、って…」(患者はこういう気遣いに弱い。医療現場で滅多にできない体験だからだ)

 

しかし傷自体は急遽、拡大切除。切り残したポケット部がはかばかしくない様子である、というのが理由。

●ポケット内部の組織には血管がなくなっていて、死んでいる。

●局部麻酔がなかなか効かないのは、組織が放射線により瘢痕化※を起こし、麻酔を伝えていかないから。

●通常2cc程度で済む麻酔を20cc使用。

以上、術中説明。

切りあがったクレーター(左写真)を眺め「うん、我ながらきれいにできたわ。時間はかかるけど、治ることは保証します」と、R先生の明言あり。完治には6ヶ月ほど、というこれもはじめて明快な予測が出る。

処置 プロペト+オムツパッド

-_-)「この傷でお風呂につかっても、ほとんど痛くない。水、って、なんてやさしいものなんだろう…水って、偉大だ」

 

《 素人の浅知恵による湿潤療法の基礎知識 》(文脈上必要なことだけね)

 このように深い傷はどのようにして治っていくのか?周囲の生きている皮膚から、傷穴を治す力のある細胞が移動してくるのである。したがって、細胞が穴に移動してきやすいように、創面はなだらかに傷の底面へスロープを描くのでなければならない。R先生が「きれいにできた」と言うのは、そのなだらかなスロープをうまくつくれた、ということである。そうして、そのきれいな形状の創面をうるおった状態に保てば、うるおいを滑って細胞がさらに移動し活動しやすくなるわけである。夏井先生は、砂漠を進軍するのと水辺を進軍するのと、どちらがいいか?という比喩で、このあたりを説明しておられる。

 

※瘢痕化・・・組織が何らかの損傷を受けて、回復しようとするときにできる状態。簡単に言えば、場所はどこであれ「傷跡」ということになる。推察するに、私の胸の「瘢痕化」は、放射線による損傷を回復しようとして起きたものと思われる。或る意味、私の胸の損傷は、放射線を浴び始めたときからの宿命的な帰結であったようだ。R先生によれば、放射線科と同時に皮膚科へ通って経過を観察するものなのであるが、一般病院では、治療の考え方の違いや専門家の配置の不均衡などの事情もあり、そうした連携が行なえていないところも少なくないとのこと。

 

同 年29日   

拡大切除後、最初の診察。傷の洗い方について

●創面のぬめりが取れるまで、泡立てた石鹸をつけ指先で擦ること

という指示と同時に、以下の処置となる。

処置 アクトシン軟膏+プロペト+オムツパッド ← テープで留める

●アクトシン処方は、肉芽細胞形成促進のため

●アクトシンは正常な皮膚への刺激が強く、ピリピリする

●したがって、傷周囲にプロペトを塗って保護し、傷にアクトシンを塗布

しかし、ここは率直に

>_<;)「が、がまんしなきゃ…ぐっ…。で、でも…い…い…い」

>0<)「いったああああああい〜〜〜っ!!!」

 

アクトシンは本当に、相当に痛い。傷周囲か傷本体かの区別はつかない。というより、絶対に傷自体が痛い。塗布後、医院を出たそのときから、夜入浴してぬめりをすべて擦り落とすまで、痛み続けた。細い細い針で刺すような痛み(ピリピリ、という音になろうか)もあるが、瞬間的に「ツキッ!!!」とくる差し込むような刺激痛もたびたび襲う。仕事中でも唸りたくなるくらい気に障るひどい痛みで、一日で懲りた。また、パッドをはがした後、今までになかった臭いがあり、傷がねばりつく感じ。自己判断で以下の処置に戻す。

処置 プロペト+オムツパッド ← テープで留める

 

同 年2月11

傷が深すぎてアクトシンはきつすぎる薬だということになり、

アクトシン中止。以後、

処置 プロペト+オムツパッド ← テープで留める

傷がおちついてきているのがおわかりいただけるだろうか?

壊死していた頃に比べ、傷周囲のふちがピンク色をしている。

傷下方の白い綿状の下にぽつりと見えるグレーの点は、乳がん手術の折のホチキスの残り。肉に癒着していたが、21日の診察時点で、抜けた。

 

 

 

 

同 年221

写真の色が悪いが、さらに回復がすすんでいる。

●傷周囲が内へ向かって収縮し始めている。

●創面の色がきれいである。

パッドをはがすと臭いがするが、それはこういう傷として自然な匂いであり、炎症をおこしたり膿んだりしているものではない、と看護師さんの説明。

アクトシンなどを用いられれば肉芽細胞の回復がはやいのだが、傷へのキツさから、時間はかかるが治るのだから、オムツパッドオンリーでいきましょう、とR先生。

(><;)「ええ、アクトシンだけは、ごめんこうむりたいでございます、ワタクシ…すっごく痛いもん」

 

同 年317

しばらく通院できず。そのため、ではなく放射線の影響で思うように肉芽形成が進んでいない、ということで、さらに拡大切除。

やはり麻酔がなかなか効かず。麻酔注射の針も入りにくいほど、我が胸は硬化している。

 

 

 

 

 

 

同じ傷を正面から撮影すると、こんな具合。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斜め、正面からだと深さがわかりにくいので、自分が見下ろす角度から撮影してみた。かなり深いクレーター状(目測で1pくらいか)なのがおわかりいただけると思う。

 

 

傷が大きく深くなった分だけ、柔らかい肉層が露出し、治癒力が発揮されるとのことで、拡大切除と相成ったわけである。確かに、周囲の皮膚を押さえて傷を動かしてみると、以前より手ごたえが柔らかい。術後は

処置 フィブラストスプレー+プロペト+ガーゼ(後オムツパッド)← テープで留める

処方 アベロックス(化膿止めの抗生剤)+ガスター(消化剤)

フィブラストは、褥瘡・皮膚潰瘍治療剤で、噴霧して用いる。肉芽形成を促す効果があるとされる酵素系のかなり高価な薬剤である。アクトシンのような刺激痛などはまったくない。傷を覆って湿潤環境にする助けとなるプロペトの塗布量は、ヘラを用いて周囲皮膚と同じ高さまで。従って、「塗る」というよりも「穴を埋める」と表現したほうが正確である。傷の大きさの分だけ浸出液が増えるとのことだったが、実際、切除した翌日は7枚重ねのガーゼに染み通った。

こうなると、さすがに入浴しても痛くないわけにはいかない。はっきり、痛い。腕が上がりにくく、腋窩が突っ張り、同箇所のリンパ節が少々腫れている。

-_-)「腋窩リンパ節がない、というのは何かにつけて、こういうことなんだなあ…」

 

同 年416

この間、最低1週間に1度、という診察を、ギリギリがんばって10日に1度、しかも受付終了間際に電話して飛び込む日々がつづく。でも経過は順調とのこと。浸出液が減ってきたので、創傷被服剤がオムツパッドよりずっと薄い、生産されているテルファになる。

処置 フィブラストスプレー+プロペト+テルファ+ガーゼ← テープで留める

-_-)「テルファって、Made in USAなのよね…こんなもんくらい、日本でつくれないのかしら…だいたい、オムツパッドだって、製品化したってそんなにコストかかるもんと思えないのよね…皮膚科は××なお○○さんが少なくないので、そーゆー薬剤はじめ医療用品の開発が遅れる、ってそちら方面に詳しいひとが言ってたけど、ほんとかも、って思っちゃう。私の出会った皮膚科のいい先生がたいてい女医さんだ、っていう理由も、その辺で理解できちゃうのよね。ま、こういうこと書くと、薬価の原価をばらさない薬業界のせいだとかなんとか、また批難あびるんでしょうけどね…」

 

同 年425

上記16日の傷との違いがおわかりいただけると思う。傷の周囲に張っていた薄膜を取り除いたのである。肉芽細胞が育つ前に表皮が張ってしまうと、確かな治癒にならないので、取り除く必要があるのだそうである。R先生は、「ニセ皮膚」とおっしゃる。それでも317日の写真と比較していただきたい。あれだけ抉った傷が、1か月強でこの通りである。フィブラスト噴霧して、プロペト塗って、オムツパッドを貼っていた、それだけのことで、ここまで傷が縮み、盛り上がってくるのである。湿潤療法おそるべし。「ちゃんと治るんですよ、これで」と先生。納得の私、である。処置は変わらず。

^^)「このように傷を整えることをトリミングといいます。犬になった気分(動物の美容師さんをトリマーっていいますね)ですが、これに伴い、お○○さんたちが『デブリ、デブリ』と盛んにお使いになるデブリードマンなる行為が、『壊死した皮膚などを切除して傷を整えること』をいい、ニセ皮膚はがしのようなレベルはトリミングというのだ、とまたまた用語を覚えたのは収穫でした。フフフ…」

 

※フィブラストスプレーについて

褥瘡はじめ創傷に用いられる薬剤のひとつです。細胞成長因子サイトカイン(あ〜、がんの専門誌でもいやというほど目にしたなあ)の一種を薬剤にしたもので、肉芽細胞の成長・回復を促進する目的で使用されるようです。使用期限は冷蔵保存必須で2週間。今までに、ゲーベン、オルセノン、アクトシンなどの薬剤にも言及してきました。以上3つは、私が湿潤療法にめぐりあった夏井先生のサイトで撲滅薬剤としてボロクソ扱いされているものです。実はアクトシン使用の際、夏井先生にメールを出してご教示を願いましたところ、即却下!のお返事を頂戴しました。ラップ療法で十分だ、と。

で、このフィブラストについてなのですが、患者個人の体験としては、ゲーベン、オルセノンは効果がないばかりか傷を悪化させたのではないか?という疑問を拭えませんし、アクトシンは効果以前にものすごく痛かった。フィブラストは?

保存期間が過ぎた後、診察に通えなかったあいだは噴霧しないこともたびたびありましたので、果して傷の治りがフィブラストのおかげでいいのかどうかは、わかりません。しかし、痛みはまったくないので、高価なことを除けば、害がなくてあるいは効果がないでもないのかもしれなければ、まあ、いっか、というところです。効果の程は夏井先生は論証をもって疑問を呈しておられるものの、撲滅薬剤には入れておられません。

この辺は、自分で調べ、医師の考え方・経験の違いをふまえ、主治医との信頼関係のなかで、患者が考えて納得のいく取捨選択をすればいい部分ではないかと思います。事実、R先生はアクトシンの痛みを伝えたところ、すぐにやめてくださいました。

 

同 年5月4日

ちょっと写りが暗い。傷周囲から再びニセ皮膚が張りはじめている。というわけで、このあたりでまたトリミング。処方は変わらず。

処置 フィブラスト+プロペト+テルファ+ガーゼ←テープ

-_-;)「これ以後、ぬわんと、フィブラストは『村井さんなら自分でやってもらってダイジョウブ〜♪』となってしまった。フィブラストは粉末状の薬剤の入ったスプレー容器に目薬みたいな別容器の液状薬剤をちゅぽちゅぽ注いで溶かし、使用するのだとわかったが、今まではちゃんと混合した状態でいただいていたのである。確かに混ぜるだけの話だし、医療者用添付文書見ながらつくるのは理科実験みたいで面白いけどね…うん…」

 

同 年6月20

@o@)「さあ!さあ!ご覧ください!!なかなか通えず、写真も撮れず、ゆえに更新ままならず、3ず〜状態2ヶ月近く。それでも治るぞ湿潤療法!」

という叫びを先導に、今日の写真は、まず正面から撮影したものである。ガーゼの貼り跡が生々しいのはお許しいただきたい。ほぼ傷が皮膚に覆われたのがおわかりいただけるであろう。現在は

処置 フィブラスト+ザルベ・プロペト混合軟膏+テルファ+ガーゼ←テープ

混合軟膏は皮膚疾患の収斂をうながすザルベ軟膏とプロペトを混ぜ合わせたもので、白いクリーム状である。

 

傷のアップ。1週間ほど前の診察で、R先生がおっしゃるには「もう一度トリミングしてもいいんですけどね…」。あと1回くらい引っぺがすと、さらに傷跡がきれいになるらしい。ニセ皮膚が張るのを防ぎながら、肉芽、つまり土台が中からしっかり形成されるのを待つほどに、表面の皮膚もよくなるのだ。しかし、血管もちゃんと張ってきてかなりきれいなこと、暑くなってきたので蒸れたりするとかえってよくないことなどから、もうトリミングはなし、経過観察と決定。

傷に白くまとわりついて見えるのは、新しく加わった混合軟膏である。やや落ちにくい薬なのである。支障はない。

 

はじめての切除131日から約5ヶ月近く、317日の拡大切除から3ヶ月、傷はここに至った。環境を整える補助は受けつつもカラダが自ら傷を治していく、それを「これだけかかる」と考えるか、「これだけ治る」と見るか。すでに30年ほど前から効果が認められていたにもかかわらず、湿潤療法が受けつけられないできた理由は、その違いなのだろうという気がする。

自分の経験範囲から、私は「これだけ治る」を採る。確かに皮膚が張るまで半年近くかかっているが、ほとんど痛みもなく、お風呂にもゆったり入れることを思えば、ちょこっと薬をつけて創傷被覆剤を貼るのくらい大した手間ではない。

…破れた傷から元凶を除く必要性のあった10月までは何とかわかる。かつまた外科の我が主治医たちは、専門外だ、とか別の目が要る、とか判断した事態はすぐに手放す良識のある方たちでもあった。しかし、正直に12月時点となると、傷の気味悪さ、理屈の不明な処置の指示、「経過を見るためですからね」とも言わない写真撮影、治療の見通しの立たなさを振り返って、今でも腹立たしさを抑えられない。

R先生は、最初の手術をした折、やっていることの意味をきちんと説明しつつ、私がそれまで受けていた皮膚科治療に対して「なぜこんな状態のままにしておいたのだろうか」と疑問を呈していた。それでも、ブドウ球菌のしこたま繁殖している老廃物の残滓をガリガリ落としながら「でもね、一所懸命まじめに治療してらしたんだと思いますよ」とも言われた。先生は医師である。疑問を呈された側も医師である。そして私は、先生の言葉をもってさまざまに薬とするのである。効用はいずれ、折に触れてまた書こうと思う。

しめくくりみたいになっていますが、なんの、まだまだ、完治するまでレポはいたします。

 

同 年 89

-_-;)「お待たせいたしました…。3ず〜状態も極限に達し、7月はぜんぜん通えませんでした。だって、3週間以上休みなしの連続出勤だったんだもん…なみだが出ちゃう。おんなのこだもん」

…というバカバカしい冗談はさておき。傷は一通りふさがった。R先生、あとは傷が瘢痕化して硬くなり、結果として出血したり破れたりするのを防ぐため、湿潤環境に保って皮膚を柔らかくし、さらなる回復へ整えましょう、とのことで、

処置 ヒルドイドソフト + ガーゼ ← テープで留める

ヒルドイドソフトは、白いクリームで、こうした傷の修復には頻用されるものである。確認・納得のうえ使用中。

5年無再発無転移生存が確認された直後でうれしかったので、「傷もここまで先生のおかげで治していただいて、おかげさまで5年も無事むかえました。ありがとうございました!」と申し上げたら、看護師さんと一緒に「それはおめでとうございます!!」と笑ってくださった。何しろ、マンモグラフィの強圧にも、エコーの圧迫にも耐えられるほどの回復なのである。R先生、ほんとうにありがとうございます。

 

2010627

-_-;)「お待たせいたしました、と申しますにはあまりの期間でございました…年明けちゃったどころか、10ヶ月経ってますねえ…考えみればこのページ作り出したの2008年ですよ。放射線後遺症恐るべし、湿潤療法遅々としてしかし、偉大なり」

処置は変わらない。

ヒルドイドソフト+ガーゼ ← テープで留める

※季節柄あせもが出だしたら、ガーゼやめてヒルドイド塗布。

※赤くなったらステロイド入りのヒルドイドを短期投入。

直前の写真との違いを見ていただくため、かつアクセス多いのに更新できなかったため、もう1枚写真サービス!

 

ちょっとわかりにくいかもしれないが、傷周囲の皮膚と傷穴の縁のつながり具合を見ていただきたい。89日の写真では、傷のへこみの陰影が深く、ふさがったけどまだ凹んでます、という落差(特に傷上部)があったのに、今回の写真では皮膚の色の違いはあるものの、全体に周囲がなだらかになっている。よくもここまでふさがって盛り上がった…と思う。はっきり言って、抉り取ってワセリン(プロペト)詰めといて、後は乾かさないようにした、というだけの話なのに、である。実物は、写真以上にきれいである。鏡に映すと余程近づかない限り、胸にピンクのアザがある程度の印象なのである。

 

さてちょっと雑感。R先生は、時間がかかるけれども、あせもや肌荒れの赤いブツブツを加減して手入れしながら、ヒルドイドを塗ってガーゼで覆って湿潤環境をなおも維持すれば、さらに快癒していくとおっしゃってくださる。ここで乾かして瘢痕となると、皮膚が弱いまま硬くなって、破れやすかったりもするから、と。ガーゼ貼っておくことに慣れ、手間もかからないし、テープもかぶれにくいのを薬局で見つけて使ってるし、確かにきれいに治るに越したことはないのだ。

でも告白すると、私自身は(敢えて乾かす気はないけれど)これ以上きれいに治らなくてももういい、という気持ちになっている。率直に、がんにまつわる心の傷もある。傷がふさがることは、けれどもイコール忘却ではない。とすればカラダにも、がんをやった傷が、それに伴う医療とのかかわりのプロセスという跡が、しるしが、明らかなかたちで刻まれていてもいいのではないか、それは我が多様なる闘争と和解の「聖痕」、記念ではないか、と思うようになったのである。

そもそも、6年以上を経て、他にも明らかな「聖痕」はある。さすがにそこまで実物公開する勇気はないけれども、私の胸を正面から見ると左右の乳首は上下にゆうに2センチ以上、ズレてしまっているのである。ごめんなさいね「主治医」、温存の成否をはかる指標で、乳首左右差2センチ以上は失敗の部類に入ってしまうとおっしゃっていましたね。肌がブチ切れたことといい、これだけズレたことといい、もうちょっと脂肪があれば何とかなったのでしょうけども、もとの胸があまりにも「可愛らしい」ものだったがために、熱意ある手技は失敗に帰してしまいました。お手持ちの症例データに関係なくなったと拝察しますので書きますが。

これも時効だと思うのでついでに書くと、私が受けた放射線照射で、実はブーストは8Grである。そう、技師さんが、1回間違えて、2Gr×5日のところ、4日しかかけなかったのである。施術中に私は気がついていたが、黙っていたのだ。もともとブーストに疑問があってイヤだったから。それでも発症したのか、だから発症したのか、放射線照射量が焼くべき畑の面積の大小を考量しないで、40歳未満なら何でもかんでもブーストでいいものなのか、今でも疑問だが調べる熱意はもはやない。

…それもこれも含めて、今ここにあるこの胸である。

       

 

 

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